京町家の奥に広がる独創的宇宙。

 最近の京都は静かだ。もうすっかり葉桜になった鴨川を横目に、五条通を東へ。路地を数歩奥へ進むだけで、車通りの喧騒はもはや届かない。犬矢来に格子窓という外観は典型的な京町家だが、引き戸に手をかけて中に入れば、そこに広がるのはひとつの独創的宇宙である。作陶、書、木彫の作品だけでなく、椅子や机などの家具から、庭の石までー。「ものつくり」を生業としたひとりの人物が生み出した宇宙。それがここ、「河井寛次郎記念館」である。

語りえぬものには、沈黙を。
(写真をじっくりとご覧ください)

 最初にお断りしておくが、稀代の陶工であり、民芸運動の指導者としても知られた河井寛次郎の作品や美的世界の有り様について、ここで読者諸賢にご説明することはいたしませんので悪しからずご容赦を。付け焼き刃の知識を羅列した10行20行の浅薄な世界観では、河井寛次郎という宇宙の入り口まででさえ、到底たどり着くのは不可能だ。知れば知るほど広がっていく、ちょっとやそっとでは語り尽くせない圧倒的なスケールの大きさこそ、驚くばかりにキューリである。

貴重な、あまりにも貴重な「記念館」。

 この「記念館」、かつて寛次郎が暮らし、仕事をし、作品を制作していた当時とほとんど変わらぬままに、一般公開されているのである。「どうぞ、よかったら座ってみてください」と軽く言われた椅子ひとつだって、寛次郎がその手で作り出し、座り、読書し、思索し、談笑していた実物の椅子なのである。もちろん、数々の陶工作品を生み出した登り窯も、当時のままに残されている。

寛次郎は、そこにいる。

 没後半世紀以上が過ぎてなお、この記念館には寛次郎の息吹がある。自由な造形と巧みな施釉による作陶、自分の中に湧き起こる言葉を綴った書、奇怪ながらもどこかユーモラスな表情の木彫り面。そして、「暮しが仕事、仕事が暮し」だった河井寛次郎とその家族の毎日の時間が積み重なった家具調度に至るまで。ここには確かに、寛次郎が生み出した宇宙が広がっている。


河井寛次郎記念館
京都市東山区五条坂鐘鋳町569
075-561-3585
http://www.kanjiro.jp/

・大人900円、高・大学生500円、小・中学生300円(月曜休館)

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