スプーン1杯から始まる、金色のボヤージュ。

 昔ながらの古書店が軒を連ねるアカデミックな雰囲気の中に、個性の際立ったカフェや雑貨屋が入り混じる。そんな独特の空気感に満ちた百万遍から、「五山の送り火」で有名な大文字を眺めつつ東へ進むこと数分。ビルの1階に、ミツバチの巣箱がショーケースに飾られた小さな店が佇んでいる。瓶に入ったハチミツがずらりと並ぶ店内は、鳥のさえずり(のBGM)が心地よく響く。やはり個性的なこの店こそ、ハチミツ専門店「Au Bon Miel(オ・ボン・ミエル)」。個性的なのは、店だけではない。まるで蜂と対話して、蜂蜜を手に入れてきたかのように語る、この店のオーナーがそもそも個性的だ。

甘い、だけじゃない蜜の味を、知ってしまう。

 透き通るような金色、熟成されたウイスキーを思わせる琥珀色、花粉そのままのような黄色…。木の温もりが伝わる棚には、よくもまぁ蜂蜜がこんなにあることよ、と感心するほど、大小さまざまの瓶に入ったハチミツが並ぶ。国産と外国産それぞれ約20種類、合わせて40種類あまり。オーナー選りすぐりのハチミツは「甘いだけ、じゃないんです。それぞれのハチミツが、採取されたその土地ごとの個性を持っています」という。放っておけば、全種類を試食させようと次々にスプーンに蜂蜜をよそい、こちらを魅了する。確かに、どれも個性的な香りと風味があり、決して甘いだけじゃない。

蜂が蜜を集めた、その土地ごとの味の魅力 

例えば、滋賀県産の「万葉のさくら」。春霞のような薄い黄色のひとしずくを湯に溶けば、瑞々しい花の香りがいっぱいに広がる。そこへ、蜂の習性や気持ちを説明するオーナーの語りが入ると、まるでその地を旅したかのような錯覚に陥る。だんだんと、オーナーの頭に触覚まで見えてくるのは、私だけだろうか。

 蜂蜜には、レンゲ、バラ、レモンの花など、1種類の花の蜜を集めたものもあれば、京都北部の由良川の源流域の「芦生の森」のように、広大な土地に蜂を放ち、その中の多種多様の花の蜜を蜂が集めてくるものもある。主としてトチノキの花のクセのない甘さ、しっかりとしたコクを感じながらも、多数の小さな花の複雑な香りが混じり合う味。どのハチミツも甘さの奥に、それぞれの土地の風景が凝縮された格別の風味を持っている。上質のワインにも似たこの深み、知れば知るほどにキューリである。

「良いハチミツ」とは、つまり「旅する」こと

 土地の個性が複雑な甘さを織りなすハチミツは、さながらスプーン1杯の旅のようだ。店名の「Au Bon Miel(オ・ボン・ミエル)」とは、フランス語で「良いハチミツ」のこと。まだ知らない素晴らしい土地へ、蜂とこの店のオーナーが連れて行ってくれる。良いハチミツでめぐる旅ならきっと、それは「Bon voyage!」に違いない。


Au Bon Miel(オ・ボン・ミエル)
京都市左京区北白川久保田町60-13
075-200-2913
https://au-bon-miel.jp/

・はみちつ3種食べ比べセット(各30g) 1,080円(税込)

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