圧倒的な「目力」、向かうところ敵なし。

都市生活者の煩悶

 「うなぎの寝床」と呼ばれる京町家は、間口は狭く奥行きが深い。建て替えや再開発が進んだ昨今、うなぎ同様にその数はずいぶんと減っていて、絶滅危惧種さながら保存や維持を危ぶむ声も聞こえてくる。だから京都の街中を歩いていて、モダンなビルとビルとの間に昔ながらの佇まいを残す京町家を見つけた時は、ちょっとした躊躇いと安堵が入り混じって、心はソワソワとし始める。それは「土用の丑」だからと当たり前のような顔でうなぎの蒲焼きを食している都市生活者の傲慢と浅慮が、京町家の静謐さによって思いがけず露見してしまうことへの狼狽か。そうして上目遣いに京町家を見上げた時、こちらを穿つような憤怒の眼差しに気が付く。瓦屋根の上にちょこんと立ち、射すくめるような視線を飛ばす「京町家の守り神」こと、「鍾馗(しょうき)さん」がそこに居る。

鬼より強い「四頭身」

 ひとめ見れば分かる。怒髪天を衝いている。髭もすごくもじゃもじゃしている。筋骨隆々、右手には剣が握られ、荒々しい鼻息が聞こえてきそうなほど全身に力がみなぎっている。全長およそ30センチ、あたりを睥睨するぎょろりとした目玉が、しかしどことなく愛らしい。

 その昔、京都の三条にあった薬屋が立派な鬼瓦をつけた。その鬼瓦の跳ね返した邪気のせいで向かいの家の奥さんが病に臥せてしまったため、瓦屋に頼み「鬼より強い」鍾馗の像を据えたところ、無事に病が完治したという。以来、鍾馗さんは京都の町で魔よけや疫病除けの神として親しまれてきた。泣く子も黙る顔立ちながら、四頭身のサイズ感が何ともコミカルな風情を醸し出しているあたり、恐れ入るほどにキューリである。

それも、京都の奥深さ

 京町家にとってなくてはならない鍾馗さんを、たった一人、今も変わらず作り続ける瓦職人がいる。瓦作りの道を歩んで半世紀、京都市伏見区に工房を構える「浅田製瓦工場」の三代目は「京都の暮らしに寄り添った存在として、鍾馗さんに親しんでほしい」と願い、初代である祖父の時代の鍾馗さんを復刻した象をはじめ、大小6種を手がけている。

 京都の伝統的な瓦である京瓦と同じく、鍾馗さんも職人の手仕事によって生み出される。粘土をこねて石膏型に詰めて成形し、窯で焼き上げた後、煙で十分に燻すことで文字通り「燻し銀」に輝く鍾馗さんが出来上がる。窯から出された鍾馗さんは固く焼き締まって鈍色に輝き、威風堂々の存在感を放つ。

 「京町家の守り神」として、魔除け厄除けを願う京都の人々に親しまれてきた鍾馗さん。最近では、持ち運べるようにストラップをつけたキーホルダーサイズの「鍾馗ちゃん」も仲間に加わり、京瓦の伝統発信に一役買っているとか。取っつきにくいようでいて、一歩入ると意外に親しみやすいこの塩梅こそ、なるほど京都の奥深さなのだ。


浅田製瓦工場

京都府京都市伏見区舞台町

0120-00-6546

https://www.kyogawara.com/

・根付 鍾馗ちゃん  1,100円(税込)

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